深水チエ / MIF or MIA

milk in first. 突然の科学的証明なんて野暮ったいわ!
(tr.6 milk in first)

Milk in first or milk in after? That is not the question.
この作品の前には科学的証明など瑣末な問題でしかない。


キレイなのに、箱庭にいるはずなのに、少女の世界はとてもいびつだ。
角度を少し変えると、放つ光の色はすぐに変わってしまう。
静かな海にたゆたっているようなのに、実は穏やかに荒れている。
少女の世界はあまりにも気まぐれで、底が知れない。好奇心を持って覗いたら最後、そこからどうやって抜け出したらいいのだろう。
落ちていくように昇っているのか、昇っているように落ちているのか。上下の感覚がなくなっていく。左右の感覚が溶け落ちていく。
雨の日、晴れの日、曇りの日。空の色が分からない。ただ分からないのだ。
しかし作品にはバロックな物語が通底している。この歪みが自分に入り込むのを許容できたとき、作品は初めて自分の快さとして滲み込んでくる。その感覚は何にも代え難い。


言葉と音楽というのは兎角その相性を問われることが多いけれども、音を音のまま受け止めることを余儀なくされる作品というものの存在を肯定するならば、この作品はそういった作品の一つなのだろう。
掴もうとすると零れる。零れたものが自分の中に拡がる。そういった状態が確かに感覚としてあって、歓びと哀しみが同時に駆け抜けていく感覚とでもいうのだろうか。どうにも喩えようがない。


聴き終えたとき、少女の掌の上でただ踊っていただけなのかもしれない、そう思って、もう一度再生ボタンを押した。もう一度踊ってもいいだろう。


Rating: ★★★★★