古川日出男/僕たちは歩かない


2006年作の文庫版。
古川日出男の作品の舞台は東京であることが多いが、この作品も舞台は東京。山手線。
ラストはあっさりしている気もするものの、さらっと読ませる短編小説。「24時間制」の「あっち側」と、「26時間制」の「こっち側」の東京を行き来する料理人のタマゴたちの奇譚なのだが、乗り慣れた山手線のどこかの駅、地点が別の世界へ通じているなんてワクワクする。舞台が東京であるだけで想像力が増す。
気になったのは人称。全編を通して使われる主語は「僕たち」だ。この「僕たち」には特定の主人公的「僕」が存在しない。「僕」の集合体としての「僕たち」であることには間違いないが、どの「僕」も並列関係にあり、ある種のチーム*1としての「僕たち」であるのだ。それゆえに「僕たち」の中の「僕」が複数人欠落しても「僕たち」という人称は揺らがない。古川日出男は小説における人称についてどこかで言及していたような気がするが、おそらく意識して「僕たち」という人称を使用しているのは間違いないだろう。
人称ばかりでなく、舞台が東京であること、そして「僕たち」が歩かない方法・ルールが、子供時代に一度は考えつくような発想であったりルールであったりする気がするんだが、こういったものを作品にしてしまうあたりもおもしろいと思った。また著者の作品にしては珍しく(初めて?)挿絵がある。星野勝之という方*2が描かれているらしいのだが、この絵が読み手のヴィジュアルイメージを固定することなく、あくまでも補助的な役割を果たしていて、そういう意味で文章を阻害することなく存在している点も本作の魅力的なところだ。

*1:ただし作中では〈研究会〉という呼称がある。

*2:公式HP ムーンベースニッポン